前の会社のときは3ヶ月に1度は愛媛に出張行ってたんで、「松前」と書かれると「まさき」って読んじゃうんだよね。松前(まさき)町というのがありますので。
でも北海道の場合、正解は「まつまえ」。なんか、この呼び方だと、超本格青春スポーツ漫画「テニスの王子様」に出てくる「越前」を「こしまえ!」って間違って呼ぶキャラみたいで違和感なんだよね。
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って、なんで調べてもいい具合の画像が見つからねぇんだよ。普段からネタ提供している漫画なんだから、こんなときも頼むよ。
そんなこんなで今回向かったのは、
こちら松前町でございます。
この記事は、
連載『北海道も城も周囲から攻めるべし』の一部です。
前後の繋がりなどは、下記、目次からご覧下さい。
目次
0-〔導入〕目次と冒頭解説
1-〔北海道〕知内町
2-〔旅行記〕知内町~江差町~奥尻島
3-〔北海道〕奥尻町
4-〔裁判所〕松前 函館家庭裁判所松前出張所/松前簡易裁判所
5-〔北海道〕松前町 ←今ココ
6-〔北海道〕福島町
※今回の北海道撮影は6月に行ったものです。
9月6日に発生しました、北海道胆振東部地震で被害に遭われた方々に対し、心からお見舞いを申し上げるとともに、1日も早い復興を心より願っております。
「まつまえ、まつまえ...」と慣れない呼び名に必死に対応しながらも、今回もまずはカントリーサインの撮影からです。細かい道はあるんでしょうが、基本的に国道が一本通っているだけの町なので探すのは簡単です。
まずは福島町との境にあるこの一枚。えらくボロボロです。描かれている通り、ここ松前にはお城があるのですが、このボロボロさ加減は城が攻め込まれているような切なさを感じることができます。
地図で表すとこんな場所にあります。これじゃあわからないでしょうが、結構トンネルが連続している区間でして、トンネル過ぎてすぐのところにあるので見落とさないようにする必要があります。
また、私みたいに写真を撮りたい方は、比較的交通量が多いのと、トンネル出口付近で大変危険なので数100m離れた白神岬というところで車を停めて見に行くのがいいでしょう。
その歩いている最中に「町境」というまさしくなバス停があるのですが、その周りはなんとも人を不安にさせる建物(?)ばかりで、これまた一見の価値ありです。
ちなみに境の福島町も一緒に撮影したいとお考えの方は、松前町方面から向かう場合、松前町のカントリーサインとはトンネルを挟んだところにあるので少し距離があるのと、反対車線側である右側に建っているので、こちらは特に見落とし注意です。
松前町のカントリーサインはもう一箇所あります。
こっちは綺麗ですね。ただよく見ると上から貼ったような跡が見えるので、カントリーサインというのは損傷しやすいものなのかもしれません。
隣の上ノ国町は別の機会に訪問するので描かれているものについては詳しくは追いませんが、兜が描かれているのが隣の松前町の城とリンクするようで面白いですね。あ、面白くないですか?じゃあ切腹しますね。
地図だとこのようになっています。ちょうど境が願掛橋というきっとなにかしらの謂われがあるであろう橋の両端にかかっています。
松前町全体の地図で見るとこうなっています。この2つと思っていただいて間違いないでしょう。
スムーズに紹介できたのは慣れたのでなく、本当に選択肢が少ないからです。
では本番の町紹介に。この松前ってのは、比較的大きな町ではあるんだけど、中心地以外は結構単調な道が続くところで、走る人にとっては集中力を欠きやすいなかなか辛いところ。まずは中心地以外でいくつか立ち寄ったところでも。
まずは上ノ国町のカントリーサインに近い「交流の里づくり館」。下調べしていたわけではないけど、地図にあったので突撃。しかし残念ながらお休みでした。この北海道記事、そういうの割と多いので、行くならちゃんと調べんとね。
外から覗くと、こんな人形が出迎えてくれたり、
むき出しの植物施設があったりと謎多き場所ではあります。
ただ、調べてみるとこの北海道の地ならではの自然に関わる体験ができたり、簡易宿泊ができる場所のようです。漁業体験、流木を使った製作体験などはわかるのですが、石窯でのピザ焼き体験などと方向性は多岐に。感受性豊かな子に育ってもらいたい親御さんなんかにオススメできるのかな。
お次は、福島町とのカントリーサイン付近にある
白神岬です。北海道の最南端にある岬で、マグロで有名な本州最北端の大間崎より約15kmほど南に位置します。
地図で見てみると確かに大間より南です。本州よりも南に位置する北海道ってあまりイメージになかったので素直に驚きです。
ちなみに津軽半島の最北端である竜飛崎からは19kmほどの距離にあるとのこと。
遠くにぼんやりと見えるのが津軽半島でしょうか。そしてこの海底には北海道新幹線が通る青函トンネルが通っているというのですから、人類の技術力というのは想像をはるかに超えてきますね。
松前町の中心部へ移動します。
車で走っていてまず目につくのは、この「道の駅 北前船 松前」でしょう。こちらも北海道最南端の道の駅を謳っております。
入るとすぐ、立派な船の展示が。これが北前船なのでしょうか。
売店にもいろいろ売っています。あとで紹介しますが、松前には松前城という城があるのでそれに関係した羊羹や最中などがあります。
多分、城下は桜も綺麗なんでしょうね、桜カレンダーなるものが。隣に昨年のが売っているのはなんの冗談かはわかりません。あとやっぱ北海道だから開花が遅いんでしょうね、さくらの日というのが5月1日にされています。これも内地の人間からしたら驚きです。
北海道といえば水曜どうでしょう、水曜どうでしょうといえばサイコロということなのか、北海道179市町村のサイコロキャラメルなども。この全部揃えたくなる商法嫌いではないですよ、乗りはしませんが。
北前食堂という食堂もあります。
漬け丼といった北海道ならではの海鮮丼があるかと思えば、松前ならではの岩のりの重という珍しいのもあります。のり弁だろ?という野暮なツッコミはするなよ。食べるなら珍しい岩のりかなという感じですが、残念ながら食事の時間帯でなかったので特に何も食べずでした。
道の駅の駐車場では毎週かは知りませんが、朝市を実施するようです。その駐車場からは
松前湾を臨むことができます。のんびりと様子を眺めていたのですが、少し気になるものを発見し、カメラをズームに。
小さい舟でまさしく漁をしていたオッサン。何を獲っていたかまではわからなかったけど、こんな見える距離のところでやっているとは驚きでした。
あ、そうそう、別に触れなくてもよかったんだけど、道の駅の近くに
実際見るとまぁまぁデカいんだけど、こんな看板があります。地元の小学生が描いたと思われお世辞抜きに僕よりも上手いんですが、この描かれている選手のポジションってどこだと思います?
僕は「左足を自分の右側に大きく出し、右打者の背中から方向からボールが出てくるタイプのサイドスローピッチャー」か「4-6-3のダブルプレーを完成させるときのスライディングをかわしながらファーストに投げるショート」のどちらかと思うのですが、どうでしょう。
松前を車で走ったことある人なら、見たことある人が多いと思う看板だし、きっと僕以外にも同じ疑問を持つと思う。躍動感溢れる絵柄だけに、そういう妄想も止まらくなったのだと思う。話上は完全に蛇足ですが。
道の駅は見たので、お次は鉄道駅を見に行きましょうか。ここ松前へはかつて、木古内駅から松前線という列車が走っていました。
1937年に開業し、終点の松前まで通じたのが1953年。しかし残念ながら1988年に廃止となっています。かつて松前線が走っていた各駅は、レプリカの駅名標が残っている場所などもあるようでして、この松前駅も駅跡があるらしく向かうことに。
距離的には大したことないですが、国道からちょっと中に入ってややわかりにくいところにありました。
言っちゃ悪いけど、こんなお墓みたいな感じの駅跡は初めて見たなぁ。そしてここも「北海道最南端」の文字が。いろんな北海道最南端があるなぁと思いながら、ぼんやり松前線を調べてみたのですが、最南端の駅はここ松前駅ではないとのこと。確かにこの石碑もよく見ると「最南端の町」と書かれています。紛らわしいな。
北海道最南端の駅は同じく松前線で松前駅から2駅木古内方面に行ったところにある渡島大沢駅だそうです。しかし当時も無人駅であったため、特に最南端の表記はなく、今もホームはあるものの草むらに隠れてしまっている状態だそうです。
その後、北海道最南端の駅は吉岡海底駅→渡島鶴岡駅と渡り、それぞれ廃線に伴い現在は木古内駅にその名が移っているようです。激しい最南端争い!それに比べて、最北端の稚内駅や最東端の東根室駅の圧倒的な安心感と来たら。
石碑の他にはかつての観光案内所跡があります。当時はどのように賑わっていたのか、なかなか想像し難いですが(ガキの絵であんなに盛り上がってたのに)、このように残っていれば語り継いでくれる人もいるでしょう。今後も保全のほどよろしくお願いします。
最後になります、松前町の中で最もメジャーなところに行きます。
そこに向かうには国道から中に入った道を通る必要があるのですが、こっちの道の方が整っています。
北洋銀行やみんなが大好きセイコーマートも瓦屋根になっているいわゆる観光地仕様。このような一体感を感じさせる町づくりは好きです。
こちらのお蕎麦屋さんでは、海苔をふんだんに使ったお蕎麦があるようです。道の駅にも海苔を使った料理がありましたが、やはり盛んなんですね。宿の朝食にも確か海苔出てたけど、何も意識しないでバリバリ食べちゃってたな…。
目指すはこちら、松前城です。1回目の記事でも紹介しました、北海道最南端にして、日本最北端の城です。
城門まで来ましたが、早く来すぎてしまったためまだ閉まっています。後ろに天守閣の頭がちょこっと出ていてかわいいですが、ひとまず周囲をお散歩します。かつての戦国武将たちも討ち入りに向かった際に開門時間前だと、周囲の道の駅や松前駅跡などで時間を潰していたと言いますし。
周囲は緑豊かな公園になっています。北海道のこういうちょっと(?)郊外を旅するようになって緑の良さがどんどんわかるようになってきます。虫が嫌いなのは治りませんが。
やはりこのあたりは桜が見えるのですね。桜を楽しむならば、やはり保全マナーへの協力はせんといかんですね。ここ数年、ハロウィンに乗じた大騒ぎが話題になっていますが、あれは僕がこの世で最も嫌いな人種の一種です。
赤い字で「血脈桜」となんとも不気味な字が。金田一で「血脈桜殺人事件」とあってもなんら不思議ではないです。先祖代々住んでるババァが「血脈桜様がまた血を欲しているんじゃ~」みたいな喚きをして、美雪が「はじめちゃん...」ってなるんだろ、もうわかってんだよ!。
結構、言い伝えがしっかりしています。
と、ここで私の悪い癖。こういう文言をしっかり読み込むのが家に帰ってからなので、肝心の血脈桜が今どうなっているのかなどをその場では、ばぁ~っと辺りを見渡すのみで見つけることができなかったのです…。
なので「北海道松前藩観光奉行」(URL:http://www.asobube.com/database.cgi?dbnum=69&dbkonum=1)より転載した以下の画像をご覧下さい。
う~む、立派!撮影したタイミングでは桜は散っていましたが、きっと幹などはしっかりしていたでしょうに、それを逃す痛恨のミス。皆さん、旅行先にはきちんと下調べしてから行きましょうね。
ほかに目に付いたものだと、
このブログの要の一つである四国お遍路はこの連載が終わったらスタートしますが、北海道にも八十八ヶ所霊場というのものがあり、この阿吽寺はその五十八番札所とのこと。世の中には知らんことたくさんあるなぁと思いつつGoogle検索に思いを馳せていると……
スタートしたのは平成十八年からだそうです…。
長けれりゃいいってもんじゃないけど、俺より年下かよ!
とは言え、北は名寄、南は松前に渡る行程はゆうに3,000kmを超えるというまさに修行。今後も道中にこれら霊場に出会うことがあるんでしょうね。
城門まで戻ってきました。
数分前でしたが開いており、中に入ることも出来ました。
門をくぐるとそのまま通路になっており、とても城内とは思えない場所を進んで行きます。
この松前城が築城されたのは慶長11年の1606年であり、北海道内で唯一の日本式城郭で、城郭として日本で最北端に位置します。
戊辰戦争の際に落城し、その後の失火のため、創建当時から現存するのは本丸御門、本丸表御玄関、旧寺町御門(現、阿吽寺の山門)のみとのこと。その失火というのが、電灯に毛布をかぶせてコタツ代わりにしていたら過熱して発火したらしい…。
居城としての目的は様々でしょうが、ここの場合は大きな要因としてロシアから防衛という意味が強く、ロシア艦の砲撃を耐えることを想定した造りとなっていたとのこと。
城内を一周し、外に出るとこのような広場に。のんびりも出来るし、城のちょっとしたイベントにも使えそう。ゆるキャラグランプリの結果発表がここであっても違和感ありません。
ここで振り返ると城郭の全貌が明らかに。
う~ん、建て替えられたものだから仕方ないのだけど、あまり凄みは感じない…。
広場を歩いていると、撮影スポットがあったので、そこから写真を撮ってみると
なんかPOPな出来にwww
まぁ確かに写真を振り返るときに、これどこのなんつう城だっけなってなることはあるけれども。
ワイドに撮ってみるとこんな感じ。まぁ立派な自然公園の中にあって、桜も見所あり、北海道で唯一となれば立派な観光スポットと言っていいのかな。
とこんな感じで松前町の探索は終了です。
それでは、本日のまとめの一枚をご紹介しましょう!
「最北端と最南端が同居する町 松前町」
撮影素材
・背景-日本最北端の城郭である松前城を臨む1枚
・素材1-カントリーサイン
・素材2-白神岬(北海道最南端の岬)
・素材3-道の駅 北前船松前(北海道最南端の道の駅)
まとめ方としてはこんな感じでしょう。
日本のいろいろな最北端、最南端を集めたい野望もないことはないけど、これは言いだしたらキリがないからね、他の頭のおかしい人に任せます。
さて、次回はこの道南の旅連載の最終回。
時期がややズレたのが残念でならないのですが、相撲のネタが含まれた地区になります。
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